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行動で愛を証明しよう

出版倫理と性表現について女性読者の立場から考えています。性暴力・DV反対!もっと日本が結婚・子育てしやすい国になりますように。

愛した男が書いたものを読むということ(2)

私はヴァージンの時が100%とすると、他の彼氏とは50%~60%程度しか満足感がなかったです。いちばんの原因はメンタルです。他の男の人はそこまで他者と深く関わろうという、求心力がないのかな。

正直、女性はあんまりセックスで開発されすぎないほうがいいのかなと思います。男女交際の多様な側面のうち、ナイトライフというのは一つの側面に過ぎません。

藤沢さんとは結局寝ていないです。それが心残りです。寝ないと分からないです。私は不美人なのでこんなことを言うのは生意気なのですが、この男とはぜひとも寝る必要があると思いました。異性と関わるということは本質的に泥臭いものなので、欲得抜きでぶつかっていかないといけないと思いました。「この人だ」と思ったら、全力で突っ込むことです。 

藤沢さんは森岡さんとすごく似ていて、この人も精神世界がピュアです。私に深く関わってこようとします。うまく表現できないのですが、話をしていると、透き通った南海のサンゴ礁をダイビングしているみたいな気分なんです。

他の男の人の精神世界って浅いです。AVの男目線の即物的な行為描写や、通りいっぺんの恋愛しかしてこず、浅い性愛観しか培ってきていないからなのかな。何もかも許しあっている二人なんですから、もっと相手のことを知ろうと貪欲になっていいし、ベッドではもっと子ども返りしていいはずなんですけど。

いま気がついたんですけど、『草食系男子の恋愛学』にキスのやり方とか足の指を舐めろとか書いていないと思うんです。それ書かないとダメです。それを男性読者に活字の形で継承していかないとダメです。人は老いて死にますが、活字は残ります。彼のセックスのやり方は活字に残す必要があります。

あと不倫というのはいつか清算しないといけない時が来るので、最初からやらないほうがいいと思います。後に何も残りません。自分が傷つくだけです。

私は森岡さんとのことは22年間黙っていましたが、「マインドコントロールだった」なんていまさら告白されて、どうも彼は悪意があって若い私にあんなことを吹き込んだようなので、分からなくなってしまいました。今は、最初から関わるべきではなかったと思っています。十代に近づいてくる既婚男性なんて、ろくなものではありません。

藤沢さんは焼きもちやきだって自分で言っていました。だから「一夫多妻」とか言って、自分が絶対に傷つかない方法を必死で考えるんだと思う。

彼は、フィリピンでシングルマザーと事実婚をしたそうです。相手の女性はすでに前の夫との間に一児がおり、昨年5月、藤沢さんとの間に女の子を儲けたそうです。

私はそれを聞いて、「もう藤沢数希は再起不能だ」と呆れました。原発推進で富豪の藤沢数希が、反原発の庶民の私を欲得抜きで愛したから、美談になったのです。しかし「恋愛工学」でスキャンダルの粉飾をした結果、いまは色物ライターになり下がりました。さらにフィリピンでそのような結婚をしたら、格落ちのイメージを与えます。

その状態で不倫相手になってくれと言われても、もう本丸に価値がありません。生活費はとことんまで値切られるみたいだし、自分で働いて子育てもしないといけないらしいし、DVも受忍しないといけないらしいし、いいことない。 

正直複雑なんですが、当事者の私が声を挙げていかないといけないと思っています。彼らは他の青少年に影響を及ぼす立場なので、私が鉄の意志で読み進めて、自分の意見を言っていこうと思います。でないと男性読者の方々が真に受けてしまう。私が女性の立場から書かないと、「あいつは偉そうなこと言っているが、元カノはこう言っている。真に受けないほうがいいな」と中立的に捉えられないと思うんです。特に若い男の子。 

森岡さんはこんなものを学生に書かせているようです。

「森岡正博と田中美津 ~「自分を棚上げにしない」ために~」

こんなもの、きれいごとですよ。人間というのは、もっと薄汚いドロドロしたものです。

よくジャーナリストや作家の世界では「時代と寝る覚悟で」と言われますけども、取材対象と寝る覚悟で、その人の嫌な側面を直視しないと、人物なんて描けない。取材対象が喜ぶことを聞いてもしょうがないんです。

取材対象が嫌がる側面を書かないといけないんです。森岡さんは偽善者ですから、その欺瞞を暴き立てましょう。藤沢さんは逆に偽悪的です。写真の彼は、太陽みたいに明るくて、頼もしかった。自分がしていることを自覚していた、聡明な人でした。なぜ私を選ばず、フィリピンで安直な事実婚をしたのか。