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行動で愛を証明しよう

出版倫理と性表現について女性読者の立場から考えています。性暴力・DV反対!もっと日本が結婚・子育てしやすい国になりますように。

フェミニズム学者が不倫をするということ(曲学阿世について)

森岡さんの不倫相手と噂されている人です。上野千鶴子たち「性の解放」派のフェミニストとは正反対の、家族を重視する立場のフェミニスト研究者だったそうなので、本をパラパラ読んでみました。私も家族を重視する立場なので、基本的には立場はこの人と同じです。

女を幸せにしない「男女共同参画社会」 (新書y)

女を幸せにしない「男女共同参画社会」 (新書y)

 

これは小谷野敦さんの情報なのですが、もともとこの山下さんという人は「不倫をするべきでない」という考えの人だったそうで、しかし自分が森岡さんと不倫を始めたら「男も女も不倫をしていい」という意見に変わったらしいのです。

たしかに1994年頃の著作を見ると、「悪妻のすすめ」なんていう本があります。 

妻が女を生きるとき―「悪妻」のすすめ

妻が女を生きるとき―「悪妻」のすすめ

 

物理学者が不倫をするのと、フェミニズムの研究者が不倫をするということ(しかも家庭を重視するという主張をしていた人)は、根本的にちがうことです。

また「フェミニズム研究者が私生活で不倫をしているかどうか」ということは、その研究者の研究内容を検討する上で大切な情報です。

この人は不倫をした結果、自説を変えている。さらに本まで書いている。それは曲学阿世です。

曲学阿世 

学問の真理にそむいて時代の好みにおもねり、世間に気に入られるような説を唱えること。真理を曲げて、世間や時勢に迎合する言動をすること。▽「曲学」は真理を曲げた正道によらない学問。「阿世」は世におもねる意。「阿」はへつらいおもねる意。「阿世曲学あせいきょくがく」ともいう。

本書の巻末のブックガイドには森岡さんの『無痛文明論』の書評が掲載されています。この本は男女共同参画に関する内容であり、『無痛文明論』は他の本と比較しても、明らかに本書のテーマにそぐわない本です。ということは縁故枠です。

無痛文明論』には、森岡さんがDV加害者の心理と、おそらく奥様と思われるのですが共依存について綿々と書いているくだりがあります。8年越しの執筆作業の結果、書かれた本だそうです。結果、森岡さんの家庭は崩壊しました。

一方、家族重視の立場をとる研究者のはずの山下さんは、ジェンダーフリー論者の上野千鶴子大沢真理の功罪を批判し、自分は母として一男一女を育て、義母を介護した経験を語り、一方でジェンダーフリー論者で不倫相手の森岡さんの本を書評で取り上げ、「著者自ら『これを書くために生まれてきた』と言い切るほどの力作」とポーカーフェイスで書評をし、五つ星を付けている(書評に取り上げないという選択肢を取っていない)。

私は唖然とするほかないのです。何にも良心の呵責を感じないのでしょうか。なぜ愛についてこれだけまちがった地図を描いてしまっている人びとが、高邁に家族について語ってきたのか、不思議でしょうがないのです。あまりに浮世離れしている。

「性の解放」は、学者たち自らが馴れあってしまうという結果も招きました。

森岡さんやこの山下さんが勤務していた国際日本文化研究センターという研究所は国の研究所です。すなわち彼らは国家公務員であり、血税で賄われている立場です。

学者の本分は、相互に厳しく批判しあうことだと思うのですが、どうもこの研究所の人の仕事を見ていると、闊達に批判しあえる健全な風土がないという印象を受けます。馴れあってしまっている。 

私たちは納税者であり、有権者です。「この人は学者先生だから偉い人」と権威を妄信するのではなく、本当に国益に資する研究者かどうかということを厳しく見張っていく必要があると思います。

私たちの親の代には、みんな結婚していました。太ったおばちゃんが、市営団地で肝っ玉母ちゃんをやり、そこから吉本の芸人が育ったりしました。だから、できるだけいろんな人が結婚して、子どもを生み育てるというのは、生物多様性を維持するうえで大切なことだと思います。どうしてこんなに結婚しづらく、子どもを育てるという当たり前のことが、こんなに難しい日本になってしまったのでしょう?

バブル世代のフェミニズム研究者は、一人残らず、ガス室へ送るべきだと思う。こいつらを介護する労力なんて、いまの少子化・日本にはもう残っていないんだよ。