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行動で愛を証明しよう

藤沢数希「恋愛工学」問題特設ブログ。性暴力・デートDV反対!主に書物の中の性差別表現について考えています。

女性搾取的アニメと草食系男子との関連(1)

ジェンダー批評 出版倫理 草食系男子

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『感じない男』P.26で、森岡さんは『エヴァンゲリオン』に言及しています。お気に入りのアニメなんです。

ちなみにこの本が出版された2005年当時、オンエアされていたのは『エウレカセブン』です(たまたま私は短期間ですが、作り手側でお仕事させて頂いていました)。

アディクション当事者の自己分析ですから、取り上げるコンテンツには当然語り手の嗜好が反映されます。彼は当時流行していた『エウレカセブン』ではなく、あえて1995年にオンエアされていた『エヴァンゲリオン』について語る必要性があったのだと思われます。

 ちょうど私と交際していた頃にオンエアされており、その話をしたことを覚えています。彼は「自分たちのような大人の目線だとエンディングテーマ『Fly me to the moon』はジャズの定番だと分かるんだ」と言っていたのを覚えています。月面着陸のアポロ計画の時に流行したジャズの定番なんだそうです。そう語る彼は、私の目には、大人の男性に見えました。

なぜ碇シンジひとりの自立に大量の女性労働力が必要なのか

私は最近「そういえば『エヴァンゲリオン』って変な物語だったな。なんであんなアニメがヒットしたんだろう?」と疑問に思いました。水槽いっぱいの綾波レイ(母であり妻です)を必要とする、シンジやゲンドウという男はいったい何様なのでしょうか? あの2人の男は、貪婪に周りの女性の愛を喰い散らかしている。その姿が、森岡さんや宮台真司と重なったのです。

あのアニメにおいて、主人公のシンジが使徒との戦闘で勝ち取ろうとしているのは自立です。ロボットアニメにおいて、敵との戦闘シーンとは、男の子が両親から自立して、主体性を勝ち取る、それがロボットアニメの主題です。

しかし『エヴァンゲリオン』という物語の中では、主人公のシンジ一人を自立させるのに、膨大な女性労働力が投下されている。歪な物語です。

①シンジが使徒との戦闘に着手(=自立に着手)するまでの労働力(それまでは綾波レイがもっぱら彼のタスクを代行)

②彼の闘いを叱咤激励する労働力(葛城ミサト、赤城リツコ等)

③自立終了後に「誉める」(キャラクター全員)

合計3タスクに、女性の労働力が大量に投入されています。

図にするとこのようになります。

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自立というのは、本来自分で主体的に勝ち取るものです。包帯の少女(綾波レイ)が戦闘現場で闘うのを目撃したら、健全な男の子であれば「おれが代わりに闘う。君はけがをしているんだから休んでいて」と、彼女をかばって、自らパイロットに志願するはずです。左の青い矢印のように、自分で主体的に自立に着手するはずです(後ほど、正統派の教養小説である船戸与一著『虹の谷の五月』を対比のために取り上げます)。

しかしシンジが自立という仕事を主体的に行わない(さぼっている)ために、右の緑の矢印の迂回ルートをたどっています。その分、周囲の女性スタッフに余計な仕事が発生しています。

彼がのろのろと、いつまでも戦闘現場に入るのをためらっているために、その間、綾波レイが使徒との闘いを一手に引き受けています(①)。彼が戦闘現場に入った後は、葛城ミサトなどがフォローに当たっています(②)。最終的に使徒を撃退し、シンジの自立が完了すると、キャラクター全員で「おめでとう」と祝福しています(③)。異常な物語です。

現実の軍隊であれば、敵前逃亡は軍規違反ですから射殺です。1941年生まれの富野由悠季が作ったガンダムでは、ブライトがアムロを殴るシーンがありました。戦争というものがどういうものなのか、ある程度リアリティを持っている世代がアニメを作っていたのです。

しかし1960年生まれの庵野秀明が作った『エヴァンゲリオン』では、シンジがあれだけモラトリアム人間でも許容される一方、おびただしいまでに女性労働力が投入されています。このアニメを作ったガイナックスに、例の愛人80股のスキャンダルを起こした岡田斗司夫が在籍していたことは象徴的なことだと思います。

そんな茶番劇があれほど支持されたのはなぜなのか。創作物というのは恐ろしいもので、影響を受けた人がそれを人生脚本にしてしまいます。森岡さんは1958年生まれで監督の庵野秀明と同世代です。「女に前面に出て闘ってもらって、自分は裏でセックスだけしていたい」というノミの夫婦のような男女観なので、そういう女性搾取的なコンテンツに惹かれてしまうのです。

シンジはたまたまユニーク(パイロット適格者)だったから周囲の補助を得られただけであり、大半の男性はひきこもりとして放棄されるのみです(現在中年童貞と呼ばれている層です)。森岡さんは自分が受験エリートだったからサバイブできたのです。まず、東大に行かせてもらえたのは男児だったからということを指摘しておきます。

攻殻機動隊』や戦闘美少女ものには、固定した男性消費者層がいます。作り手側もその層を当て込んで作っています。固定消費者層は同じようなアニメばかり消費しています。

私からすると、そういう固定の男性視聴者はどうしていつまでもアニメを卒業できないのだろうと不思議に思うんです。普通は、仕事が忙しくなったり、結婚して子供ができたりして、もうアニメやAVを見る時間がなくなってしまったから卒業、というふうになると思うんです。

ところがそうではない。男性の場合は、母親や妻から「いい加減にしなさいよ」と言われると思うんですが、そうでもない。いつ頃からだろうと振り返ってみると、『ナウシカ』と『エヴァンゲリオン』あたりがターニングポイントだったように思います。