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行動で愛を証明しよう

藤沢数希「恋愛工学」問題特設ブログ。性暴力・デートDV反対!主に書物の中の性差別表現について考えています。

恋愛工学はペンで性犯罪者を人為的に作れることを証明した

恋愛工学=”痴漢狩り”?

 

私は2012年に著者の藤沢数希氏(らしき男性)から「若い頃に埼京線”痴漢狩り”に行っていた」と聞いています。埼京線でひとつひとつの痴漢の現場を取り押さえるのはたいへんな労力が要りますが、自らアングラ・エロマガジンを作って、世の中に流布すれば、性犯罪者的な性格の男性が好んで愛読するでしょう。読者たちは情報交換しますから、もともとあった質のばらつきも均質化されて、扱いやすくなるというものです。実際恋愛工学生を観察していますと、「女性差別的だし、性加害者的であるが、ロジカルシンキングはできる」男性たちです。

メルマガ『週刊金融日記』や著者の一連の言論活動を観察していても、著者の悪意は男性読者に向けられていると考えざるを得ない。かねてより恋愛工学は「女性蔑視的、性暴力的である」とか、「モテ術と宣伝されている割には、実践すればするほどまともな女性と縁遠くなっていく」等、不審がられていましたが、著者のねらいは、著述物を使って「痴漢」=性犯罪者を、人工的に作ることにあったのではないかと考えると、このいびつなモテマガジン『週刊金融日記』の謎が解けてきます。

そもそも、『ぼく愛』渡辺君のキャラクター造形(弁理士)にも表れていた通り、恋愛工学の読者層は理系のインテリ男性にターゲティングされています。おそらく、小学校時代に国語の成績が悪かった等、なんらか読解力・共感能力に問題のあった人たちが母集団に多かったんじゃないかなと私は推測します。

『週刊金融日記』はサイコパステストのような体裁になっています(「恋愛工学批判①セックストリガー理論参照」)。

tsunamiwaste2016.hatenablog.com

普通の人は、あのメルマガを読むと「気持ちが悪い」「猟奇的」と感じ、とてもではありませんが、お金を出してまで読みません。普通の人があれを読んで、不快感も含めて10ぐらい感じるとすると、恋愛工学読者になる男性たちは、3とか5ぐらいしか読めていないのではないか。もともと良心が欠落しているサイコパス的心性であるか、あるいは共感能力が劣るADHDアスペルガー症候群的傾向がある等、なんらか欠点があるから、あの猟奇的な文章をすんなり読めてしまうのではないか。

私は、世の中にはいろんな人がいていいと思っています。理数系に秀でた人がいて、その一方で文系に強い方がいて、海外から来られた方もいるし、身体障がい者やお年寄りや子ども、アスペルガーADHDなどのハンディキャップをお持ちの方等いると思います。

ハンディキャップがある人は、例えば足にハンディキャップがある身体障がい者なら、車椅子を使うという形で、自分のハンディキャップを補って生きています。

良心が欠落しているサイコパス的な人や、共感能力が低いアスペルガーADHD的な方は自分の短所を自覚して、意識的に補うようにするか、他の人から助けてもらう等、なんらかハンディキャップを埋めて生きていくようにしないと、今回みたいに足をすくわれるのではないか。

実際、しっきーさんのような、ほとんどプロのジャーナリストと言っていい方があれだけ優れた注意喚起をしている。また、小説家の瀬川深氏がこのようなツイートをされていますが、この方はプロの物書きである。

私もマスコミ出身者です。国語能力に優れた読み巧者は藤沢数希の文章を読んで、「おかしいな」と感じるんです。しっきーさんはわざわざ「免責事項」を引用してまで注意喚起している。

しかし、コメント欄を見ると「論理的に反証できていない」などと、理屈にこだわる奴が噛みついている。結局、人から忠告されようとなんだろうと、「やる奴はやる」ということが証明されました。成人になってからの言語レベルでの抑止は無理で、現実的な刑罰や、実名での新聞報道などの社会的制裁などが必要ということが証明されました。

 

ハロウィンの準強姦共犯者公募事件に見る「良心の欠落」

著名恋愛工学生・シンガポール最強ナンパ師のハロウィンの呼びかけですが、もし実行していたら集団準強姦罪になります。

第178条の2(集団強姦等)
2人以上の者が現場において共同して第177条又は前条第2項の罪を犯したときは、4年以上の有期懲役に処する。

もし被害者女性が、急性アルコール中毒等でお亡くなりになったり、吐瀉物で窒息死したり、逃げようとして転落死等すると、強姦致死になります。

第177条若しくは第178条第2項の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯し、よって女子を死傷させた者は、無期又は5年以上の懲役に処する。

第178条の2の罪又はその未遂罪を犯し、よって女子を死傷させた者は、無期又は6年以上の懲役に処する。

このNOTEでの書き方を見るに、「ヤシオリ作戦」などと武勇伝風に考えているということは、いままで同一手口でやってきて、味を占めているのでしょう。本人は深刻に考えていないのでしょうけど、実際に実行して警察が立件したのが慶大や近大の一連の新聞記事ということになります。

本人、ようやく自分の呼びかけの重大さに気づいたようです。

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いままでの表現規制の問題は、例えばエロ漫画やAVの過激演出が、現実の若者の性に対する健全な判断力の形成に、どの程度悪影響を与えているのかという議論でした。

恋愛工学は逆で、私は2012年に藤沢氏(らしき人)から、AVの過激な演出に憤慨するのを聞いています。この恋愛工学の件は、従来の萌えマンガ等の議論と違い、表現規制賛成の作家が「著作物は実際の性犯罪に悪影響を及ぼす」ことを証明したのではないか? どうも一連の言論活動を観察していますと、そちらに著者の意図があるように思えてならないのです。

 

読者へ偏った価値観を植え付けることに成功した

私は藤沢が頻繁に用いる「フレームワーク」とか「ロジックとファクツを見ろ」という言い方、読者が本来持っている自然な感受性に対する介入や意図的な語り落しこそが、内閣府男女共同参画局DV加害者更生プログラム研究報告書で言及されている「偏った考え方と価値観」の植え付けであるように思えます。

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普通に生きていると、五感を通じていろんな情報が飛び込んでくると思うのですが、恋愛工学のメソッドを見ていますと、物事のある側面を強調したり、別の側面を意図的に語り落したり、物事を抽象化してみろとか、やたら感受性(マインドセット)について指図してきますよね。つまるところ、男性読者を「痴漢」=性犯罪者にしたいんじゃないか?

 

読者に強姦犯になってもらうために

読者に犯罪者になってもらうためには、女性が「今日は生理だからセックスできない」とセックスの誘いを拒否してきたときに、「そうか、今日はやめておこうね」と躊躇してもらっては困る。無理にでも押し倒して、「俺はどうしてもいま性欲を解消したいんだ」と、強い意志で強姦を最後まで貫徹してもらわないと困る。

そう考えると、セックストリガーの発動条件として、これほど「挿入と射精が必要である」と繰り返し強調される理由が腑に落ちるというものです。私は最初一読した時、ひとりの女性の率直な感想として、なぜ女性の恋愛感情と男性器の挿入・射精の間に因果関係がある等と書かれているのか、著者の真意が分かりませんでした。とりわけ射精が必須な理由がわかりません。 

刑法の強姦罪は、法定要件として、男性器を女性の膣に挿入する必要があります。オーラルセックス(フェラチオ)や肛門性交は強姦罪になりません(年明けに法改正の機会があります)。

ある男(読者)が相手女性の拒否を聞かずに、強引に男性器を膣に挿入して、射精をした。強姦の法定要件を満たします。女性からの被害届を元に、後で捜査する警察は「ああ、犯人の男は、性的欲求から強姦をしたんだな」という風に動機を解釈します。それで公判が成立します。めでたく強姦事件がひとつできたということになります。

著作物は実際の犯罪に影響を与えることが証明されました。これだけ「恋愛工学はやめたほうがいい」と忠告されているにも関わらず起こしたレイプ事件ですから、著者に責任はないでしょうね。 著者にただ乗りされた、ミームの乗り物に過ぎません。

女性が「いや」と言う――本来、人間も動物ですから、他の個体が発する悲鳴やSOSに敏感です。そういう言葉を聞くと、本能的にそこでストップします。それが生物としては自然なんです。

しかし、読者に「強姦犯」になってもらうためには、相手女性の悲鳴を強い意志で聞き流してもらわないと困る。そのために恋愛工学では「セックストリガー理論」や「グダ崩し」という謎タームをもてはやしているのだと仮定すると、このモテマガジンがいびつな理由が見えてきます。

読者が、自ら「痴漢」=性犯罪者になって、実際に性犯罪を起こしてくれることが著者の真のねらいだとしたら、このメルマガに込められた悪意にぞっとしませんか。

私は、犯罪学者や教育心理学者、ジェンダー研究者等の専門家が、批判的な視点から、この『週刊金融日記』をきちんと分析したほうがいいと思います。おそらくメルマガ『週刊金融日記』は世界的に傑出した有害図書として悪名が残ると思います。

 

この事件をこれで終わらせないために

これだけ事件が相次いだということは、これから著者は社会的批判に晒されるでしょう。テクストの底に流れる強い冷酷さ、著者の確かな意志の強さを感じると『ぼくは愛を証明しようと思う。』というタイトルのアイロニーが利いてきます。

この事件をこれで終わらせるなという声が挙がるでしょう。実際そうです、それが著者のねらいだと思います。なんらか、性犯罪や表現規制問題について前向きな取り組みに活かしていくべきであろうと考えています。

これだけたくさんの読者を犯罪者にすることに成功したということは、つまりはこれの逆をやれば啓発教育に活かせるわけです。私は高校でのデートDV啓発教育予算(ここでは17億円と試算されています)を通したほうがいいと思います。

『ぼく愛』の冒頭で麻衣子が渡辺君に30万円のバッグをねだったシーンがありますがこれは「経済DV」に該当します(DVは男性から女性へのものだけではなく、女性から男性へDVをするということがあります。私が藤沢にやった暴露もそうです。すごく後悔しています)

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下記は陸前高田市ユニセフ制作のデートDVの啓発マンガより。

https://www.unicef.or.jp/kinkyu/japan/pdf/dv_soudan.pdf

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麻衣子や渡辺君がもし高校でデートDV啓発講習を受けていれば、こんな不幸な別れ方は避けられたかもしれないのです。

 

なぜ当局は事件続発を食い止められないのか

東京都の場合、東京ウィメンズプラザと青少年課がこういう問題の担当部署で、専門家や研究者にパイプを持っているはずなので、東京ウィメンズプラザには10月の段階で、週刊金融日記を公費で購入して、調査分析をしてほしいという内容の請願を出しています。

青少年課には、9月の段階で青少年健全育成条例に基づく、不健全図書の申出をしたのですが、メルマガは適用対象外、小説とマンガについては11月7日の審議会で指定外になりました。実際に読者が性犯罪を起こしている文書をなぜこの条例で取り扱えないのでしょうか? おそらく、これから都議会で不祥事として問題になってくると思います。

レイプ被害に遭うと、被害者女性にとっては一生の痛手になります。これ以上、一人も被害者を出してはならない。私は2012年に初めて警察に通報していますが、このちんたらしたお役所のスピードでは、事件の続発を食い止められない。マスコミも、身内のモテ記事が起こした不祥事ですから、報じないのです(私は書き方次第で非常に意義深い調査報道になると思っていますが)。 

 

恋愛工学生はなぜ人の善意を信じられないのか?

ハロウィンの準強姦共犯者公募事件で、これははっきりまずい、とにかく自殺と殺人だけは防がないと思って、10月半ばに積極的に介入することに決めました。

小説版『ぼく愛』アマゾンレビュー欄に、「恋愛工学ムーブメントは著者による“痴漢狩り”ではないか」と示唆するレビューを寄稿してから、一か月余り経ちました。

しかし恋愛工学読者は年単位で著者の詭弁に馴致されてきましたから、「どうも自分は悪いことをしたらしい」とは気づいていても、どういうふうに事態の急激な変化を理解したらいいのかがわからないようです。まず私の行動が不可解のようで、いまグーグルで「藤沢数希」で検索すると、ホリエモンと藤沢のこの対談が上位に表示されます。

weblog.horiemon.com

ですが、こういう風に女性の行動を100パーセント私利私欲によるものとゴシップ的にしか解釈できない、またこのホリエモンと藤沢数希の暴論を読んでなんら違和感を持たないこと自体が、藤沢の植え付けた「誤った価値観、一面的な物の見方」から脱却できていないことの表れなのではないかと私には見えてしまうのです。

私はこの対談を読んで、「すごい図々しい暴論だな」とうっとうしく感じました。とりわけ「青少年保護条例とAV女優がキレイになった理由」の間に、こんな相関関係は果たしてあるのだろうかと疑問を感じます。先日下記のような指摘をされている方を見つけました。私もこの解釈に同意です。

本来、人間とはもっと多様で曖昧な生き物です。公益や博愛だけで動く、善意の女性だってこの世には大勢存在すると思うんです。私もそんなおばちゃんです。にも関わらず一面的なレッテルを貼って「女は理解不能な生き物だ」と決めつけて考えるのは、知的怠惰さというか、感受性の貧しさのようなものを感じて大変残念です。 

最初メルマガ『週刊金融日記』を買ってみたときには「モテたい」というだけの素朴な動機だったと思います。ですが、出口は犯罪者でした。さて、どこで道を間違えてしまったのでしょうか? 私はこの読者たちは真摯に反省をした方がよいように思います。