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行動で愛を証明しよう

藤沢数希「恋愛工学」問題特設ブログ。性暴力・デートDV反対!主に書物の中の性差別表現について考えています。

「恋愛工学」は「DV男養成プロジェクト」である

有害図書指定の申出をするまで

昨夏、小説『ぼく愛』が出版された際、「そういえば有害図書指定という手があるな」と気づいて、当時2ちゃんねるで「だれか陳情してみて」と呼びかけました。

http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/money/1403901468/560-562

562 :愚かな女D子:2015/08/29(土) 19:40:13.74 0

私は余裕なくてできないんですけど、アンチの方や被害者の方、議員に陳情してみるといいですよ。「デートレイプを助長しているメルマガがある」と。 ネット上で是非を議論するより、しかるべき立場の人に議論してもらう時期にきているのでは。 やってることが悪質です。被害者も相当でていますし、ちょうど小説も出版されましたし。

国でしたら、男女共同参画内閣府所管みたいです。
男女共同参画についての御意見・御感想」
https://form.cao.go.jp/gender/opinion-0001.html

お住まいの地域の議員の事務所に、電話してみてください。

都道府県による有害図書指定
https://skcao.go.jp/code.html

有害図書都道府県が指定するようなので、地元の都道府県議に電話してみてください。
女性議員か、男性なら若手議員がいいと思います。
議員秘書の方に事情をお話して、問題意識をもってもらってください。
いま性暴力・消費者被害への問題意識は高いので、どこの党派所属の議員でも 好意的に扱ってくれると思います。反対する理由はないので、誰も反対しないと思う。
陳情と訴訟と同時並行で進めていったら、やりやすくなると思います。
相手は支払い能力あるんですから、取れるものとったほうがいいです。

長文連投失礼しました。私は彼を傷つけた責任を感じていますが、
いま彼がしている言論活動は彼自身が責任を負う内容のものです。
読んでいただき、ありがとうございました。

書き込みを見た誰かが通報・陳情に行ってくれることを期待していました。この一連の書き込み以降、当事者なのでこれ以上関われないと思い、ネットから距離を置きました。

結局、誰も陳情してくれなかったようです。

今年6月以降、藤沢(らしき匿名の攻撃者)からネットストーカー被害でひどい目に遭いまして、やらざるを得なくなりました。

最初はまず警察に来署で相談しました。内容としては「女性の同意がないセックスの読者投稿が含まれている可能性のあるメールマガジンがある。これ自体、読者の『強姦』の告白であり、著者の『強姦教唆』の疑いがあるのではないか。調べてくれないか」という相談です。

ですが、警察というのは、著作物に関しては「表現の自由」の問題があるため、非常に慎重です。これは、私も以前出版関係の仕事に携わっておりましたので、そうだろうと思います。

例えば戦争の悲惨さについて訴えるために戦闘シーンをリアルに描いた小説があるとして、「著者は実際に殺人をしたのではないか?」といちいち小説家が警察から嫌疑をかけられてしまうと、創作者としてはたいへんに困るわけです。

また警察が言論に介入するというのは、政治的な言論を圧殺する、戦前・戦中の言論弾圧の問題と常に隣り合わせです。

恋愛工学がこれらと違うのは、文学表現としてレイプシーンを描いているのではなく、読者にデートレイプが新しい恋愛方法とミスリードさせるロジックを構築して、中長期的に読者がDV加害者的性格になるよう、明らかに目的意識的に執筆・作成されています。いわばDV加害者の大量養成をしています。

 

軍隊の射撃訓練とテレビゲームの類似

私は2012年に藤沢(らしき人)から「ブログ(金融日記)は読まないほうがいい。吸い込まれちゃうからね」と忠告されています。目的意識的に、読者を煽る心理学的仕掛けを文章にしかけているようです。小説『ぼく愛』のレビュー欄にも、「この本自体に心理学的仕掛けがしてあるのではないか」と指摘している読者がいます。実際、大人の私でも藤沢の書いたものを読むと結構精神的にクる。

いま藤沢数希でGoogle検索しますと、私が経歴詐称を指摘した記事や、しっきーさんの優れた批判記事があり、メルマガの免責事項でも注意喚起されていますが、にも関わらず本気で傾倒している成人読者がいる。私は心底呆れています。このような人々は自己責任以外の何物でもない。

しかし子供については、このような誤った言説に触れることのないよう、大人が注意喚起したほうがいいと思います。

2013年の暴露ブログでも私は指摘したのですが、こういう本があります。

戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)

戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)

 

米国陸軍士官学校で学校心理学・軍事社会学教授を務める著者が、ベトナム戦争以降の新兵教育訓練について述べたものです。

この本は示唆に富んでいて、非常に考えさせられる本なのですが、興味深いのは、実際に殺人訓練を部下たちに施している本職の軍人から見ると、バイオハザードのようなシューティングゲームはすごく恐ろしいものと映るんだそうです。あれはまさしく、軍隊の教官が訓練で新兵に対して行っている条件付け・刷り込みと同じもので、まずいことに、作り手もプレイヤーもその心理的悪影響を認識していないままに、玩具・娯楽として製作・販売し、遊んでいるからだそうです。

特にゲームの場合、プレイヤーには子供も含まれます。著者は最近の米国での乱射事件の犯罪傾向を分析して、このような残虐ゲームの心理的影響が犯罪に表れていると指摘しています。その観点から、著者は、残虐ゲームをXレート(18禁)指定することの重要性について説いています。

私は2012年に藤沢さんらしきスカイプの男性から、「米国陸軍士官学校を卒業した」と聞いています。私が「『フルメタル・ジャケット』のような訓練をしたの?」と尋ねたところ、そうだと言っていました。下品なことを言わせられながら訓練させられるんだそうです。

www.youtube.com

藤沢数希は明らかにこの本のことを意識していて、

このアカウントは、たぶん藤沢のサブアカではないかなと思います(女のカンですが)。この作家の言論活動の特殊なところは、サブアカや無署名のSNSの書き込みを通じて、著者の創作意図を伝えてくるところです。

私が2012年にスカイプで話した藤沢数希らしき人は、すごく人を褒めるのが上手な人でした。当時私は無職で、体調が悪くて家で休みがちだったのですが、「コツコツ努力しなさい」「君は優秀だから大丈夫」「まじめに働くのがいちばん」等と褒められました。私は翌年、一念発起して難関国家資格に二つ合格し、派遣での短期就労を繰り返して、昨年とうとう正規雇用になりました。

あとで「あの褒め方は何なんだろう」と思って、図書館に通ったりして、いろいろ調べました。たまたま人材研修会社で働いたとき、「これだ!」と社内資料で知ったのですが、コーチングというそうです。その優秀なコーチング能力を持って、DV加害者の養成をしている。これは止めなくてはならない。 

 

マンガ・小説が子どもの人格形成に与える影響

藤沢数希の言論活動を見ていると、こういうことを一貫して書いています。

日本の小説家・マンガ家・ドラマ製作者・CM製作等、クリエイターたちは、自分の創作物が子供たちにどのような影響を与えるのか、きちんと考えて作っているのだろうか? 本来なら、理想の大人はかくあるべきだという役割モデルを伝えるべきところが、商業主義や安直なドラマツルギー(作劇術)しかないために、歪んだ価値観・役割モデルが伝わっているのではないか?

というのも、彼はもともと外資系証券マンですが、こんな評論をしている。

yenspa.jp

金融業界の人間が本来やるべきことは「外貨を稼いでくる」「国に納税する」ことです。ところが半沢直樹は社内政治しかしていない。本職の外資系金融マンだった藤沢数希からすると、社内政治にいそしむことはかっこ悪いことだった。しかしなぜこれがヒーローなのか、評価されてしまうのかと批判しています。

課長島耕作』も同じで、島耕作がマンガの中で何をやっているかというと、徹頭徹尾社内政治です。理不尽な上司をこうやって打ち負かしたというような武勇伝や、社内の女とのしょうもない色恋ごと。こういうものをヒロイックに書く著者の仕事観が、若い読者に誤ったロールモデルを伝え、歪んだ労働観や、いわゆる社畜的精神を育んでいるのではないか。最近藤沢が提唱している受験工学(現行の教育制度の見直し)も、ユニークなアイディアを含んでいます。

いま日本は諸外国と比べてこんなところがおかしいと、いろんな場面で批判されますが、そういうもののルーツがどこなのかさかのぼっていくと、私たちが子供の頃に見たドラマやマンガ、CMに萌芽があるのではないでしょうか。無批判で受容していた子供向けフィクションの価値観に影響されているのではないでしょうか。

実際半沢も海外では理解されなかった。とてもサラリーマン的な物語だからです。

 

望ましい恋愛のかたちとは

これを恋愛に関して言うとどうなるか? 良い恋愛・悪い恋愛とはなにかを考えたとき、悪いほうのいちばん極端なのは配偶者間暴力、DV(ドメスティックバイオレンス)やストーカーです。

DVカップルは、配偶者(被害者)のほうが暴力に耐えかねて逃げてしまう。配偶者から「それはDVよ」とつきつけられて、加害者は変わらざるを得ない。DV加害者の歪んだ価値観・夫婦観を変えようということで、最近このような更生プログラムというものが研究されているそうです。

「配偶者等に対する暴力の加害者更生に係る実態調査研究事業」報告書の公表について | 内閣府男女共同参画局

逆にいいほうはと考えると、それは例えば、中学校・高校でデートDV予防教育を実施しているNPO等が啓発していることなんだろうなと私は思っています。

aware.exblog.jp

男女交際のいちばん最初の最初ってどこでしょう? まず「恋愛してみよう」「二次元ではなく、生身の異性とつきあってみよう」と思うことです。私は女性ですが、まず男性に婚活パーティに来てほしいです。「結婚して、子供を持って、マイホームに住む」という昭和後期の理想の家族像は、いまは社会情勢からして現実的ではありません。でもどこかで家族を作っていきたい。

藤沢数希はAVに逃避してしまいがちな非モテの男性に「生身の女性ともっと積極的に恋愛してみようよ」と呼びかけるところまではやりました。恋愛工学は正しいところもあるのです。下記は非常に良記事です。

cakes.mu

問題はそこから先です。恋愛工学は途中からおかしくて、最終的に、DV加害者更生プログラムにお世話になるような自己中心的な男性の育成をしている。まさに青少年健全育成条例有害図書にしなくてはならないのです。

昨年の2ちゃんねるの投稿で、このようなものがありました。

http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/money/1403901468/694

694 :名無しさん:2015/09/07(月) 22:14:54.26 0

恋愛というものは、人生を活き活きと生きるための、最も重要なファクターではないにせよ、無視できない大きな部分だと思うが、それを実りあるものにする 能力が、どうやら自分には無さそうだと思ってしまった男がいるとしよう。

彼は
「他の人たちが、それぞれの人生から得ている大きな果実を自分は手に入れられない。」
そう確信して落胆してしまう。

そういう男はやはり、他人に実りある恋愛をさせまいという悪意を持つのではないだろうか。

その悪意をどういう行為によって表現するのかは、個々に違うだろうが。

「男が傷つくことなく女とセックスする機会を得る方法」
なるものを構築して、それを活字として表し、世に広めるのも
ひょっとすると、そういった悪意によるものなのではないか。

そんなことを思った次第

また、ジェンダーに限らず、政治・原子力・労働問題などあらゆる観点で、電通博報堂等の広告代理店や、既存マスコミ(テレビ局・新聞)等の社会への悪影響が非常に批判されています。

テレビドラマの中の恋愛は、広告代理店の都合によって作られた虚像ではないでしょうか? 華やかな結婚式は『ゼクシィ』等がこしらえたイメージでしょうし、一戸建てに住む幸せな家族像というのもハウスメーカーのCMに影響されているかもしれません。一戸建ては一万点の部品でできているそうで、家が一軒売れるとそれだけの子会社に経済効果が波及します。テレビの中の結婚は、そんな大人の都合で作られた結婚観かもしれません。でもそんなふうに作られた結婚観に親世代が捉われていては、子世代は結婚できません。

この「恋愛工学」の問題は、ひじょうに取り組む価値がある問題だと思います。これは勝ち目がある問題です。なぜなら藤沢数希が、虚構を虚構と分かって構築している、あえて悪役をやっているからです。私が2012年に話したスカイプの男性は「藤沢数希はサンドバック」と言っていました。サンドバックは殴っていいんです。ここに書いたのは私の意見にすぎません。「ここがヘンだよ」と自分の意見をどんどん言っていっていいんです。

この話は青少年健全育成条例論議が絡みますので、都議会に波及する問題です。どんどんツイッターやFBで怒っていってください。

なぜ「若い世代が結婚できない」「子供を作れない」のか? 「DV・ストーカーが増えた」「AV産業にたくさんのお金が流れ込む」のはなぜ? なぜ日本は少子化で先細りなのか? いまこれを一番聞かなければいけない人は、議員ではありませんか?